愛を受け取れる人、取りこぼす人。この世は2種類の人間に分かれています。

つれづれエッセイ

-「非常に少ないですが、これだけでしょうか。あとでもっと頂けるんでしょうか。」-

 

例えば私が同じものを、同じくらいの量、2人のひとに与えたとします。

 

それは、こちらが相手のことを思って、渡したもの。

 

それは、仕事でも、プライベートでの場面でも。いつでも当てはまります。

 

ものでも、言葉でも。行動でも。なんでも。

 

それに対しての反応って、ほんとうに人それぞれですが、

冒頭の「非常に少ないですが、これだけでしょうか。あとでもっと頂けるんでしょうか。」と言うセリフを発する人もいれば、

 

「えー!!!こんなにくれるの!!私のことをこんなに考えてくれて、ほんとうに嬉しい!感動!ありがとう!!!!」って心から言う人もいます。

 

どちらの人に対して、「もっと力になりたい、愛をあげたい!」と思うでしょうか。

 

 

プライベートでも、仕事でも。なんでも。

 

「ないもの」に目を向けるのではなく「あるもの」を感じることが、どれほど幸せなれることか。

 

前者の「非常に少ないですが、これだけでしょうか。あとでもっと頂けるんでしょうか。」の人は、「だって私はこれだけしたのに!」と思い続け、きっとその後、どんどん人を遠ざけ、何ももらえないでしょう。

 

それは、相手のせいではないことに気づいて欲しいです。

自分の目のつけどころに、視野の狭さに、起因しています。

 

愛を受け取りそびれている人は、まあまあいると思う。自分もそう言う時もあるので、自戒を込めて。

 

共通点は本当に同じで、視野が狭い。

 

愛を受け取れる人が、オープンに360度に近いくらい視界がひらけているとしたら、

受け取りそびれている人の視野は、30度くらい。

 

そのような人は、本当に「ないもの」にだけ着目します。

側から見ると、かなり、わかりやすいです。

 

話を聞いていると、「え、全然あるで!!目の前にいっぱい落ちてるで!!おーい。」と思います。

 

自分が損すること、自分が傷つけられることに非常に敏感で、少しでもそう感じたら、早速殻に閉じこもり、他人を攻撃します。

 

ドキッとするくらい、周りの人を敵と思い、攻撃します。

周りの人の「ドキッ、なんだかこわいなぁ。」にも、気づくことはありません。

 

「私だけ不幸だ。私だけ何ももらえない。私には何もない。」

このように思い続けます。

 

だから、他人もびっくりしてしまって「目の前にいっぱいあるよ」と、伝えることができません。

 

「あの人はこう」「こんなことをされた」もしくは「何もしてくれない」と、他人の欠点を粗探しし続ける人に、わざわざ近寄って、伝える人はあまりいません。

 

 

愛を取りこぼす人は、他人のひとつのミスを、嫌だったと思ったことを、赦すことができません。

 

愛を受け取れる人は、逆です。

 

すなわち、人を、赦せるんです。

 

 

本当は、あなたに愛を与えようとした人はたくさんいた。本当に本当に、気づいていないだけです。

 

繰り返すけれど、

 

これまで、たくさんの人に出会ってきて、思うことがあります。

 

「愛を受け取れる人、取りこぼす人。」本当に、この世は2種類の人間に分かれています。

 

取りこぼす人は、

 

「あるもの」に目を向けず「ないもの」に目を向ける。

 

自分の傷にのみ目を向け、他人の気持ちを考えることができません。

 

 

見える世界は自分でつくってると思う。

 

苦しい世界が心地よくなってしまっていると思う。早く気づけば、見える世界は本当に変わる、と思います。

 

あなたに愛をあげたい人は、います。

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