今日も誰かの誕生日

つれづれエッセイ

 

朝起きて、日付を思い浮かべたとき、

 

仕事中に「今日は何日だ・・・。」と日にちを確認したとき、

 

私の頭は、その日誕生日の、今までの知り合いやクラスメイト、先輩、友達を思い出している。

 

これまでの人生で出会った人の数は数えきれないが、日付を見た瞬間、小学校のクラスメイトの誕生日などを、なぜか思い出すことができる。

 

「あ、今日、中学校の時のクラスメイトのYさんの誕生日だ」

と、その人の顔が思い浮かぶ。

 

私は自分のこの習慣がけっこう好きだ。

 

絶対に、クライアントの名前を覚えるのが得意とか、そんな方が得とかがあると思うけれど。それはあんまり得意じゃない。

なんでだろう。

 

 

「あの子は、中学は私立に行ってしまったから、小学校の卒業式以来会ってないけれど、元気かな。

 

給食のときよく笑い転げすぎて椅子から落ちてたな。」

とか

 

「クラスメイトのあの男子に、「歯並び悪いね」って面と向かって言われてコンプレックスになったけれど(←笑)、多分悪気はなかったんやろな。

いまは、元気に社会人やっているだろうか。もしかしたらお父さんになってるかな。」

 

 

とかね。

 

料理をしながら、ふらふらと近所を歩いたりしながら、誰かの誕生日を思い出すと、

思い出の断片、みたいなのがボーッと蘇ってくる時間がけっこう好きだったりする。

 

30代。やることにまみれる忙しい日常の中で、自分の学生時代を思い出すことは少なくなってきた。

 

けれど、人生に関わった人たちの誕生日を思い出すことで、その人と会話したこととか、

小さい頃遊びに行った友だちの部屋の窓からの光とか、

そこで都こんぶをもらったこととか。(わかりますかね?酢昆布のお菓子。笑)

 

この習慣がなければ、もう思い出すことのなさそうな、

でも自分の中に間違いなく存在している、記憶のかけらたち。

それを、断片的に、瞬間的に思い出すことができる。

 

ランダムにやってくる記憶のかけら。友だちとの思い出。

 

日々のやらないといけないたくさんの用事の中、それを思い出す時間は毎日の中では一瞬だれど、確実に存在している一瞬。

 

その一瞬があることが、けっこう好きだ。

・・・

この記事を書いている間に日付が変わった。

 

今日は、大学のサークル友だちの誕生日だ。

4人くらいで、よくドライブに行ったなぁ。

 

明日は、幼なじみの誕生日。

よく猫を拾って、家の裏で一緒に飼ってた。←よく猫を拾うってどんな習慣。(笑)

新しい飼い主を探して、引き渡したり。

そのうち、一匹はその子の家で飼ったりした。

 

中学に上がり、その子となぜかだんだん遊ばなくなって、猫とも会わなくなってたな〜。もう少しその友だちと猫に会いたかったかも。

そんなことを思っても、今は会えるわけではない。

 

しかも、わたしは連絡不精だから、この思い出したのをきっかけに、「久しぶり。おめでとう!」と連絡したりとかはしない。(笑)

そんな、今の生活に何か影響を及ぼすわけでは全くない習慣。

 

時間は巻き戻せない。

変えられない思い出を思いだすのは楽しい。

Saki

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パリ在住のジャーナリスト、ファッションバイヤー。

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