ただの旅行記・ヘルシンキ リトリート旅で取り戻したもの

ただの旅行記。
夏が終わりますね。
この夏の最後に、ヘルシンキへのリトリート旅。
日常から離れて、自分と向き合うリトリート旅
リトリートって、隠居みたいなのが元の意味だけど、最近は「日常生活から一旦切り離し、自分と向き合う時間を新しい場所でする事で、思考の転換を行い、よりハッピーに人生をリスタートする」という使われ方をしていて、すごく好きな言葉。
オフの日本でも、オンのパリでもない、全然知らない国に行きたかったんです。
ラテンの国なら、言語がわからなくても近しい文化があるからなにかと推測できてしまう。
もっともっと知らない、遠いところ。
フィンランド語や文化は予想通りまっったくわからなくて、いい感じ。異国感。ここにももちろん誰かにとっての日常があるけど、わたしにとっては異国。
日本でもなく、パリでもないところにひとり旅したかったんです。
日本は家族や友達や、これまで生きていた軌跡がたくさん感じられる、懐かしさもそこかしこに転がっているところ。
パリは、全力でアクセル踏んで頑張るところ。もちろん遊びもする。日常がある土地。
この旅を、ヘルシンキへのリトリート旅、と名付けましょう。ここに降り立って、様々なものを取り戻すことができました。
国土のほとんどが緑のフィンランド
日本から10時間のフライトののちこの地に降り立って、すぐに緑の量が想像より多いことに気づく。
空気が新鮮。タクシーの中でもわかるくらいです。
国土のほとんどが森だというこの国は、なるほど都心部でも気持ちのいい緑が広がっている。
すごく平和な雰囲気。緑があるとこんなにも心が落ちついて、日差しが綺麗に入って、平和に感じられるのだなあと、改めて自然の偉大さを感じた。
あと、気候がすごくいいタイミングで来てしまったわ。
湿気のない23度。天候は晴れ。
ヨーロッパのこの時期は、湿気がないから最高ですね。
国土の大半が寒冷な気候であることから、ヘルシンキを始めとする規模の大きな都市はその多くが国の南部に偏在している。
運転手と「緑が多くて、すでに本当に来てよかったと思うわ。」と言う会話を交わしながら、ホテルへと向かっていく。
フィンランドは幸せの国ではない?
90パーセントの人々が英語を話せるため(タクシーの運ちゃん調べw)、会う人と色々話そーと思いました。
タクシーの運ちゃんと話していると「ここは、Peaceful(平穏、平和)な空気が流れている」という話になったので、気になっていたことを聞いてみました。
「フィンランドは人生満足度(Life Satisfaction)では第6位と言うけれど、実際どうなん?」と。
この国は、人生満足度(Life Satisfaction)を測る調査では第6位に君臨しています。
その理由は、ノルディックモデルの高負担高福祉国。
つまり、税金が高い分、福祉が充実しているということ。
運ちゃんは「税金が高い分、病院や学校はほとんど無料。そこはめちゃくちゃいい。」と言っていました。税金は商品によってかかるパーセンテージが違うけれど、高い。でも社会制度が整っているから外国人の運ちゃんでも暮らしやすいということでした。
でも「幸せそうじゃない人もいる。スウェーデンの方が幸福度は高いと思う。」とも。
どうして?と聞くと「You’ll see」(今にわかるよ)とのことだった。
本当に私自身で感じて欲しかったのか、おっちゃんの中で言語化できてなかったのかはわからない。
そこだけもごもご話している感じを見ていると、後者だったような気もする。
でも、そういう言語化できていない雰囲気こそ事実が多分に含まれていたりするよね。
ちなみに運ちゃんはエチオピア人で、フィンランドにもう25年住んでいるそう。奥さんがフィンランド人だそうです。
エチオピア人は日本がめっちゃ好きらしいです。エチオピアが困っているときに、日本がめっちゃ助けてくれたらしい。
調べてみると、東西冷戦終結後に日本からエチオピアへの政府開発援助(ODA)を通じた関係があったそう。あと、二国間には「日本・エチオピア通商友好条約」が結ばれていました。調べるとエチオピアと日本には、色々歴史があったよ。かなり色濃い関係だったみたい。
彼は話に夢中になりすぎて、後部座席にいる私の顔を見ながら話してくるので途中で事故りそうになりました。ちょっとまあまあ怖かった。(笑)ちょっとぶつかりそうになったので「I don’t talk anymore」と急に言い出していました。
到着するかなり前にメーター切ってくれたり、「めっちゃ話せて楽しかったわー!」と名刺をくれたり、ここに書いたような話を聞くことができたり。現地の人と話す旅の醍醐味を味わえました。
知らないことを体験して知るという喜び
この、短い旅をしながら、私は「知らない土地を旅をする喜び」を久しぶりに全身で感じていました。魂が喜んでいた。
14年前にバックパックで初めてヨーロッパに降り立った時の、なにも知らずにほぼボディランゲージで乗り切ったあの時と同じような、知らないことを体験で知っていく喜び。
最近、だれにも何も言われた訳ではないのに、ちゃんとした大人にならなくちゃ!という枠にとらわれて、なぜか旅人魂を封印していたけれど、やっぱりふらふらして、知識より先に自分の体で知らないことを学ぶのが好き。
これからも、自分の魂が喜ぶことをしよう。義務とか、世間体とかよりも。それよりも。何よりも、それをしよう。
それが一番、自分が成長して幸せになるし、結局周りの人も幸せにすることだということを身をもって感じているから。
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